
【2006.10.2】
2日目。
鹿児島・指宿です。
両親の新婚旅行は2泊3日の南九州の旅。
1日目は霧島、2日目は指宿に宿泊したとのことで、
ここ指宿にやってきましたが、当時宿泊したホテルを
探してみたものの、その名前のホテルはなく
じゃ、今はどうなっているのかの確証がつかめぬままになってました。
写真は、その当時の写真で、宿泊したホテルは
指宿観光ホテルでした。

同じくその当時宿泊した部屋から写された海側の写真。
これが決め手になればと思い、指宿で、海が見えるホテルを探しました。

今回宿泊した指宿海上ホテルの部屋からの景色。
ほぼ同じようだ!
でも、帰る時に、フロントにいた支配人らしき人に
訪ねてみたら、上の当時の写真に、指宿海上ホテルが
映っているので、写真を写したホテルは手前にある・・・
となると、あそこか?

というので、やはりここに来てしまったのが、
イワサキ指宿ホテル。
当時のような、平べったい印象はなく、
豪華なリゾートホテルのようなたたずまい。
このあと、聞いた話で、やはりこのホテルが
当時両親が宿泊したホテルの場所だったようです。
建て直しはされたそうですが、経営そのものは昔と同じらしく
イワサキグループが運営されていたそうです。
当時の「指宿観光ホテル」という名前では、通年営業しないといけないらしく
観光のピーク時以外には宿を締めれないという理由で
個人名のホテルに切り替えた・・・というのが
本当の理由だったらしいです。
なるほど、そうだったのか?

指宿をあとにして、向かったのが、長崎鼻という場所です。

当時と同じ長崎鼻の場所の石碑を発見し記念撮影。

灯台の先にある岩礁まで行ってみました。

灯台に戻ったらなんだか賑やかなご一行が。
同窓会かな?
みなさんたのしそうに、海は広いな〜って歌っておられました。
関係ないまわりにいた私たちもなんだか楽しい雰囲気になりました。

昨日今日と、観光地を回ってきましたが
そう言えば土産物らしい土産物さんを見てこなかったのですが、
ここ、長崎鼻に向かう道路脇には数多くの土産物屋さんが並んでおりました。
が、お客さんはあまり見向きもしてない様子・・・。
よくぞこれで経営が成り立っているもんだと思ったのでした。

その中でも気になったのが、ヤシの実で作ったお面。
魔除けらしいです。
500円って作る手間ひま考えたらかなり安いとは思います。
でも、買うだろうか?

駐車場に戻る途中で見た看板。
これはギャグか?ダジャレか?
この場所は浦島太郎伝説があるそうですが・・・。
だから浦島太郎なんだろうか?

駐車場に到着。
そこには、モンキーパークというものがありました。
が、こここそ、人が来るんだろうか?
なんともこういうさみしい施設を見るのは心苦しいです。

さて、今回のメインイベント!
この旅の最大の目的でもある、当時両親が
記念植樹したという木が今どうなっているのかを確かめに!

アルバムに残っていたのはこの2枚の写真。
2人が仲良く木を植えている記念写真です。
あれから37年どうなっているのか?

実のところ、両親はそれからあの木がどうなったのか?
というのは、気にもしてなかった様です。
が、今から8年ほど前に「いい旅見つけた」という雑誌の創刊号で
当時新婚旅行でブームになった宮崎・鹿児島を特集するという企画があり、
その企画に協力する形で、両親のアルバムを貸し出したんです。

すると、雑誌の企画の方がその植樹を調べてくれて
まだその木が存在していることが確認されました。
ネームプレートも当時のままに残っていました。
私自身もこれを見て、いつか両親をここに連れて来て
この木を見せてあげたいと思うようになりました。
まだ働きだして間もなかったこともあり、父の退職記念に・・・
と思いながら、父の退職記念にもプレゼントできず・・・
今に至ってしまったわけです。

で、あんまりあてにならないナビを頼りにして開門岳の周辺に来て、
この辺りで、昔、新婚記念植樹をした場所を聞きました。
したらば、ドンピシャでここですよ!との答え。
さらに、いつ来園されたかを答えると、パソコンで
木があるかどうかを調べてくれました。
ある程度のブロックは分かったものの、その場所は
山の上にあたり、2年前の台風で辺り一帯の木々が
倒れてしまっている場所である事を告げられました。
ひとまず、係の方が、木を探すので、少しゆっくりしてよ!ということで
昔のネームプレートはすでにボロボロになっているとのことなんで
見つかったら新しいプレートを置いておいでとのことで
新しいネームプレートに名前を書きました。

受付では第一ビューポイントで待っていたら、係の人が迎えに来るから!
と言われたものの、待てど暮らせどやってこない。
場所を間違えたかと不安にもなったけど、待ってました。
それでも1時間経っても来ないし・・・。
あまりに不安になったので、一旦受付まで戻りました。
そこで、「木はあったけど、やはり台風で周辺の木が倒れていて案内できる状況でない」
「でも今木を切って、なんとか行けるようにしてるから・・・」とのこと。
そんなに大変な場所なのか・・・?

そんな不安になっている私たちのもとへ、
トカラ馬がやってきました。
エサが欲しいんだよね。
受付の方の話では、すぐそこの柵の中に
今年産まれた子馬がいるよ、名前は○○ちゃんです・・・と。
○○ちゃんって、うちの長男と同じ名前やん!

待てど暮らせど、やっとこさ1時間半待って、係の人が迎えに来てくれました。
入り口は道路脇のこちら・・・。
こんなところだったのか?
そら絶対にわからないわ!
ここから係の方のワンボックスに乗せてもらってさらに奥へ。
道路というか、林道というか、まったく整備されていないこの道は
デコボコにも程があるくらいのものすごい道で、

車で進む事数分、車が止まり、ここから木々を踏み分けて
さらに奥へ入って行きました。
あたり一体深い森の中だけど、目に入ってくる光景は
台風で被害を受けて、木々が倒れて腐っていたりそんな光景でした。
倒れた木々を踏んで先へ奥へ・・・。

そして、これですよと、係の方が。
確かにそこには雑誌で紹介されていたものと同じであろう、木がありました。
でも後ろには倒れた木がありました。
ここで植わっている木の下には、確かにその当時
両親が植えて、置いて行ったネームプレートがありましたので、
ここである事は間違いありません。
ただ、目の前にある木は、その当時植えた木かというと、
どうも違うようです?
あれから37年ですからね、いかに森の中で日光が遮られて成長が遅くても
これくらいってことはないはず?
このあたり不確定なんですが、その当時、2種類の木を植えたんではないかと?
どうも1本は日が当たらなくても地道に成長して行く木を植え、
もう1本は、日光を浴びて高く育つような木だったらしいとか?
そのうちの1本か?
でも後ろに倒れている木は、元々あった木ではないかとか?

確証は持てませんが、当時のネームプレートがあった場所には
確かに今も木が生えており、新しい枝葉が出ていました。
それは、一度倒れてしまったかも知れないけれど、
新しい命が宿っていたということは、なんとなく
母と置き換えて考えてしまいたくもあり、感慨深かったです。
特に2年前に台風で倒れて・・・って母が病気で倒れたのも2年前でしたからね。

最後に帰る時に記念植樹再来園記念表とうものを頂きました。
これはうれしかったです。
話によると、全体で7万株以上の植樹がされているらしく、
今でも1日に2組くらい、我々と同じように
自分たちが昔植えた木を、または両親が植えた木を見に来る方がいるそうです。
しかしながら、私自身もここに来るまでに、場所などを調べましたが
ネットの検索には全くひっかかって来なかったので
全然こういうことをしている事は知られていないが残念です。

帰り道遠くなって行く、開門山をバックに記念撮影。
雨は降らなかったけど、キッパリと晴れて山を見れる事もなかったです。

植樹を見る為に、思いの他時間がかかってしまった為に、
帰りの飛行機の時間さえヤバくなってきました。
本当は、鹿児島からフェリーで桜島に渡って
少し桜島を見てから空港に行こうかなんて思ってましたけど、
まったくそんな余裕も時間もなく高速の桜島SAに寄る事で精一杯でした。

少しだけ飯を食う時間くらいならあるかな?
というので、今日初のまともなご飯。
黒豚のミンチカツ定食。

飯を食って、お土産物を買い込んで、高速を飛ばして
レンタカーを返却して鹿児島空港に到着!

はじめての鹿児島空港。
え、そうなん?
って驚いたのは、国際線もある大きな空港で、かつ土産物屋さんの数!
どんだけあるねん!ってつっこみたくなるくらいいっぱいあるし、
店員さんもいっぱい。
特にさつま揚げさんの数には仰天です。

中には鹿児島の伝統的な屋久島を使った
木工品をその場で加工して販売してる職人さんもいるし、
なかなかすごいなーって感心しました。
そーいやレンタカーの中で聞いていたFMで鹿児島空港に
遊びに行こうみたいなCMやっていたなーと思いました。
これならデートで遊びにくるのもありなのかも?

すでに帰りの高速でお土産は買っていた物の
鹿児島と言えば・・・これでしょう!
ということで、蒸気屋さんのかすたどん!を購入。
甘い物には目がありません。
あ、かるかんは買わなかった!

帰りの伊丹空港。
1時間弱のフライト。
到着したら日が暮れかけようという時間。
ついに帰ってきた。

あっというまに、1泊2日の駆け足の旅でした。
結局、行けなかった場所の方が多かったのかな?
まー植樹の確認ができたことは大きな収穫だったけど、
親父は満足だったのだろうか?
あまり、いや全然何もしゃべらない親父なので
その心の中はどう思っているのか分からない。
天国の母を生きている間に連れて行ってあげれなかったことは後悔であるが
ひとまず親父と一緒に回れた事で、一区切りつけれそうです。
もう一度行けるなら、今度は2泊3日以上で、
もっと余裕をもって行きたいですねー。
